ブローニング M2 / Browning Machine Gun, Cal. .50, M2 【重機関銃】 †
軍用機や装甲車両の撃破を目的としてアメリカで開発された重機関銃。
高い汎用性と長年の実績からくる信頼性からNATO諸国のほぼ全ての国で採用されており、「マ・デュース*1」や「フィフティ」*2などの愛称で親しまれている。自衛隊では「キャリバー」の愛称がある。
第一次世界大戦中ヨーロッパの戦場で戦車に代表されるような戦力の機械化・装甲化が進み、また航空機が本格的に導入された。英仏がこれらを打ち破るべく大口径の重機関銃の配備を進めるのを目撃したアメリカ外征軍のジョン・パーシング将軍は、即座にアメリカ軍も同様に大口径重機関銃を開発するよう提言し、急速に開発が進められた。
銃本体はジョン・ブローニングが自身の設計したM1917を大口径化する形で開発された。一方、本銃のための新弾薬はウィンチェスター社により開発されていたが初期段階では十分な性能を持っていなかった。1918年に米軍はドイツ軍の対戦車ライフルに用いられる13.2mm TuF弾を入手。この弾薬は非常に望ましい性能を持っていたため、これをベースに新弾薬の開発が進められた。最終的に完成した.50BMG弾は13.2mmTuF弾より小口径だが、より高い初速を得る事に成功した。
また、原型のM1917同様、クローズドボルトから射撃を行う設計とされた。現代の機関銃は空冷式銃身で、連射による銃身過熱で薬室内の弾薬が自然発火する暴発現象(コックオフ)を避けるため、オープンボルト方式にするのがセオリーだが、原型のM1917やマキシム系機関銃同様もともと水冷式銃身として設計されたことから当時のアメリカ軍はこの点を考慮せず、この銃を航空機のプロペラ同調機銃としても用いる事ができるよう、クローズドボルト方式のままとした。これはのちに空冷式に改造されて以降も変わっていない。
こうして新しい重機関銃と弾薬の両方が完成し、1921年に水冷式銃身の「.50口径機関銃M1921」として採用されたが、水冷用のジャケットは重く嵩張るうえ冷却水の確保や維持には多くの難があったことから、1930年代には当時の米陸軍で空冷式に改造され、「.50口径機関銃M2」として新たに採用された。1938年には耐久性を増したヘビーバレルをもつ「M2HB(M2 Heavy Barrel)」へと更新されて、ほぼ完成形に至った。
HBモデルではセミオート射撃機能も追加された。これはライフルなどのセレクターとは異なるやや変則的な実装方式で、ラッチを上げることで一発撃つごとにボルトが開放位置で停止するため、これを手動で閉鎖して射撃するものである。些か手間を要するが、従来の機構にラッチを追加しただけであるため、信頼性を損なうことなく単射能力を追加する事に成功している。
第二次大戦ではアメリカ軍の主力重機関銃として戦車及び装甲車、ジープなどの軍用トラックや航空機の搭載機銃として幅広く活躍し、アメリカ以外でも日本やイタリアが自国の制式弾仕様に改修したコピーを生産・使用している。戦後は、航空機用機銃はより高性能なものにとってかわられたものの、歩兵・車両用の重機関銃としては世界各国で今なお第一線で活躍している。
目まぐるしく変化する銃器の世界において一世紀近く前の銃器が今なお現役という事は異例であるが、長い運用実績から得られた豊富なノウハウから信頼性が高い一方で、開発能力や予算などの関係でこれにとって代わるほどの性能を有した代替品を生み出せなかった、といった理由がある。
無論、全く昔のままというわけでもなく、クイックチェンジバレルシステムの導入など、現在も地味に改良を続けられている。各種光学機器用のマウントレールをはじめ、シュアファイア社が専用の取り付けマウントを有した投光機を製作するなど、近代化装備の開発が今も各所で行われており、一部では実戦配備されている。現行モデルはゼネラルダイナミクス社やFN USA社などの数社が製造を行っている。
しかし、第二次大戦が終結した頃には重過ぎる事からより軽量な後継機関銃が求められ始めた。このため1950年代にはM85が、1980年代にはOCSW(Objective Crew Served Weapon)やSAMP(Small Arms Master Plan)といった計画のもと、ゼネラルダイナミクス社などの銃器メーカーと米陸軍により後継機関銃の開発が何度か試みられ、より軽量なモデルが後継候補として幾つか開発された*3ものの、M85は信頼性の問題から少数の生産配備に留まり、以降の計画は予算削減などを受けて採用されず、更新はされなかった。
アメリカ以外でも後継の物はいくつか設計されているが、採用と更新にまで至ったのはシンガポールのCIS社が開発したCIS 50MG*4のみである。
.50口径(12.7mm)と云う高威力のM2は、対人使用の自粛を求める声もあるが、戦場ではお構いなしで頻繁に使われている。朝鮮戦争においては山から山への精密射撃で共産連合軍の銃座を破壊した。その後のベトナム戦争さなかの1967年には、米海兵隊の狙撃手カルロス・ハスコックによって、約2300mの長距離狙撃を含む多くの狙撃に使用された。1982年のフォークランド戦争でもアルゼンチン軍のM2を据付た陣地からの射撃に、質量共に優れるイギリス歩兵が多大な被害を受け、陣地1個1個に対してミラン対戦車ミサイルを撃ち込んで対処したとの逸話も持つ。その高い火力と汎用性からテロリストにも重用され、海賊などの武装集団が敵対勢力を建物の壁ごと貫通射撃して殲滅させたとの事例が多数報告されている*5。
余談だがこの機関銃、フジテレビの人気番組だった「トリビアの泉」のコーナーであるトリビアの種に「日本刀とマシンガンどっちが強いか?」という応募が寄せられた時、マシンガンの代表に選ばれた。ちなみにどちらが勝ったかと言うと、発射後7発目にM2が日本刀を真っ二つにへし折った。
モデル | 説明 |
M2 | 基本形 |
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M3/AN-M3 | M2の航空機搭載型。 空中戦での命中率を上げるため、MG42のようなマズルブースターを用いて発射速度を1200発/分程度まで上昇させている。 これに伴いボルト後方にスペードハンドルの間まで伸びるリコイルバッファを設けて反動を軽減している。 |
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M3P/M3M(GAU-21) | FN製のM3の発展形。電子・機械制御の銃座を含めたセットとなっている。 動作方式がクローズドボルトからオープンボルトへと変更。バレルジャケットにより空冷効果を高めている。 コッキングハンドルの改良により、少ない力と動きで初弾を装填可能。 発砲スイッチとハンドルは銃本体ではなく銃座側に搭載。 |
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ブレダSAFAT機関銃 | イタリアのブレダ社が手がけたM2コピーの航空機関銃。1930年代から40年代にかけてイタリア空軍で使用された。 イギリスで開発された12.7mm×81SR(.50ブリティッシュ)弾仕様と7.7mm×56R(.303ブリティッシュ)弾仕様の2種が製造された。 |
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一式12.7mm機関砲(ホ103) | 戦前から戦中にかけて日本陸軍が製造していたM2コピー。一式戦から五式戦までの陸軍戦闘機などに装備された。 本銃開発以前に輸入されたブレダSAFAT機銃と同じ12.7mm×81SR弾を用いる。 |
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三式13mm機銃 | 太平洋戦争中に日本海軍が製造したM2コピー。九七式7.7mm機銃の後継として零戦52型乙・丙型などに装備された。 戦前から陸・海軍の重機関銃・艦載機銃に使われていた、フランスのホチキス系13.2mm×99弾を用いる。 |
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外部リンク †
・Browning M2HB / M2HQCB ムービー