擲弾発射器 / Grenade launcher †
火薬などの力で擲弾(グレネード)を弾丸として発射する火器の総称。一般的に手榴弾の投擲距離と迫撃砲の最小射程距離のギャップを埋める火器として使用される。
単発式のものは構造や大きさが信号銃に近くなりがちなため、信号銃をベースに開発された擲弾発射器や、擲弾発射器を信号銃として使う為に擲弾の規格で設計製造され擲弾発射器で発射できる信号弾も存在している。
起源としては16世紀頃に開発された、攻城戦で城壁を越えて擲弾を投射するために作られた火器に遡り、この頃のホイールロック式のものはハンドモーター、つまり手持ち臼砲の呼称で扱われていた。
構造としては当時の小銃の機関部と銃床を流用し、ラッパ銃よりも大口径かつ短い銃身を備えたものである。
小銃がフリントロック式に移り変わるとこれらの擲弾発射器もフリントロック式で作られるようになり、この頃には現在のグレネードランチャーの呼称で扱われるようになる。
その後、攻城戦が廃れて野戦が主体となった近代戦の時代となって一旦は廃れるものの、第一次世界大戦で生起した大規模塹壕戦では様々な手法の擲弾を投射する器材が開発されて使用された。
中には空気圧を用いた自動擲弾発射器というものも開発運用されたが、広く運用されたのは小銃の空包によって擲弾を発射する小銃擲弾(ライフルグレネード)で、こちらは現代でも一部の国で運用されている。
第二次世界大戦の頃には口径50mm前後の軽迫撃砲が擲弾発射器に近い役割で広く運用されるようになり、こちらは現代でも現役としている国が多い。
しかし、これらの投射器材の数々は曲射での運用を想定したもので、直射が不可能なものが多く射撃精度に欠けおり、車両や陣地などの点目標へ命中弾を得る事が困難だった。
この問題を解決するため、アメリカ軍では60mm軽迫撃砲を肩撃ちできるようにしたショルダーモーターというものが試作されたが、迫撃砲の反動を人体が受け止めるには無理があって成功せず、他国でも同様の検討がされたが同じ結果となった*1。
一方ドイツでは、軽迫撃砲よりも小口径な26.6mm口径の信号拳銃を元に擲弾を発射できるようにしたカンプピストルが開発された。
こちらは元が小口径の信号拳銃だったため威力や射程が小さかったが、威力に関しては銃身よりも大きな弾を銃口側から前装式に装填するようにし、射程についても銃床と組み合わせて装薬を増やした弾薬を用いる事で改善された。
また、極少数の試作に留まったがKar98Kを元に26.6mm口径のシュトゥルムカンプゲヴェーアという擲弾発射器も開発されており、カンプピストルと同じ口径ながらもより長い銃身と弾薬を使用する事で射程と威力を改善したものも作られた。
続く朝鮮戦争で共産側の人海戦術に手こずったアメリカは擲弾発射器の開発に着手。さらにベトナム戦争で川岸から哨戒艇を攻撃してくる解放戦線に対抗するため、米海軍も擲弾発射器に注目して開発を促進させる。
しかし、前述の通り軽迫撃砲やライフルグレネードでは直射が出来ず目前の標的に対して火力を発揮できないことから、カンプピストルで採用されていた「ハイ・ロー・プレッシャー薬莢*2」を採用する事で砲身内の圧力を低減し、反動を軽減させると共に発射器を軽量化させる事が出来る新型の40mm口径の擲弾を開発し、個人携行擲弾発射器としては中折れ式のM79、舟艇や三脚銃架に載せての連発式擲弾発射器としては手回しクランク式のMK18が採用されたが、MK18は扱いが困難だったため、人力に頼らずにフルオート可能なMK19へと早期に置き換えられた。
これ以降、様々な擲弾発射器が各国で開発運用されるようになり、個人携行でも連発可能なアーウェン37やミルコー MGLなどのリボルバー式や、個人携行可能ながらもフルオートさえ可能なQLZ-87といった各種の擲弾発射器が警察用、及び軍用に開発されている。
このように広く普及している擲弾発射器ではあるが、その運用には部隊の小銃手の誰かを擲弾発射器の射手とするために小銃火力を損なったり、あるいは擲弾発射器専門の射手を別に増員して配置する必要があるなどの制約があった。
また擲弾発射器の射手自身も、擲弾の最小射程に入り込んできた敵に対する射手の自衛手段は、擲弾発射器でフレシェット弾や散弾を撃つか、あるいは拳銃に持ち替えるしか無いなどと火力に乏しいという問題があった。
これを解決する為に小銃に擲弾発射器を装着させた、つまりアドオンさせるアイデアが考案された。その最初はイタリアで戦間期に開発されたカルカノ M1891TSの右側面に装着するように作られたモデル28という38.5mm口径の擲弾発射器であるが、これは重心や擲弾を発射した反動が余りにも右へ偏っていた為に扱い辛く短期間の配備に留まった。
ベトナム戦争でM79を運用した事で同じ問題に直面したアメリカ軍は、擲弾発射器を銃の側面ではなく下側に取付する事で、重心や反動の偏りを無くしたM203を開発採用し、諸々の問題を解決させた。
しかしアドオン方式の擲弾発射器は、その重量により装着した小銃の照準特性が変化したり、発射器を装着した小銃を持つ兵員以外では擲弾を発射できないという問題があり、自衛隊やイタリア軍などを筆頭に、現在でも小銃擲弾やアッド・オンでない擲弾発射器を配備している組織もある他、アメリカ軍でもM203と併せてM79を併せて配備している部隊があるなど、それぞれに一長一短があるようだ。
近年は各国で、XM29、XM25に端を発した、高初速のグレネードを使用して弾道性能を向上させつつ、FCS等のコンピュータ制御により敵兵の頭上で炸裂する『エア・バースト・グレネード』などが開発・試験中である。しかし弾薬やデータ入力の統一規格が無い事や、戦場での耐久性や動力源の確保に関する疑問、批判など、その実用性を疑問視する声もあって一時的な試験配備に留まる例が多く、製品化にまで至ったのは湖南兵器のQLU131A型35mm狙撃榴弾発射器とその輸出向け40mm×53口径仕様のLG5A、そしてラインメタルのSSW40など限られている。
これらの上記の軍用擲弾発射器の流れとは別に、第一次世界大戦の頃から使われていた26mm口径や37mm口径の信号銃を戦後に転用し、暴徒鎮圧を目的としたガス弾発射器がアメリカなどで使われており、1935年のアメリカ・インディアナ州テレホートにおけるストライキで、26.5mm口径のものが使用されている*3。その後、1938年には信号弾、煙幕弾、ガス弾を使用可能な37mmマンビル・ガスガンが開発され、以後37mm口径は非殺傷性擲弾の標準となっている。