FN ハイパワー / FN Hi-Power 【自動拳銃】 †
「ブローニング・ハイパワー」の名でも知られる自動拳銃。ジョン・ブローニングが晩年に設計し、その死後FALなどの設計で知られるFN社の技師デュードネ・ヨゼフ・サイーブらによって1934年に完成した。
当時としては画期的なリンクレスのショートリコイルや、シングルアクション、グリップ内に収めるタイプのマガジンへのダブルカラムの採用など、近代オートマチックの基本要素が詰まった傑作で、後生の様々な銃に影響を与えている。なお、名前こそ「ハイパワー」だが、別に強力な弾丸を使用しているわけではない。装弾数の少ない回転式拳銃が主だった当時、自動拳銃でも1弾倉がせいぜい7〜8発だった時代に、10発以上装弾できる拳銃の存在自体がハイパワーだったのである。
一方、他のオートマチックではやや珍しいマガジンセイフティという安全装置も備えている。マガジンを抜いた状態ではトリガーとシアの連動を外す機構で、薬室内に弾丸が残っていた場合の不注意な暴発を防ぐことが出来る。しかし、トリガープルが重くなる上、装着されたマガジン前面にマガジンセイフティのスプリングのテンションがかかるため、マガジンキャッチを押してもマガジンがスムーズに落下しなかった*1。そのため、この機能は特殊部隊での運用時には外されていることが多かったらしい。本銃のほかでは、同社のファイブセブンやアメリカのS&W社のクラシックピストルシリーズがこの機構を持っている。
初期の軍用モデルは「FN GP(Grande Puissance)*2 M1935」の名で制式化され、その民間モデルが「FN HP(Hi-Power) M1935」の名で販売された。「M1935ミリタリーモデル(後年、キャプテンモデルに改称)」とも呼ばれるこのモデルは、照尺が可変のタンジェントサイトとリングタイプのハンマーを備え、着脱可能なストックがセットだった。
ハイパワーは、もともとベルギー軍が制式化していたが、第二次大戦中、ナチスドイツによるベルギー占領をきっかけに、連合軍と枢軸側双方で使われることとなった。工場を接収したドイツ軍はP640(b)の名でハイパワーを準制式化し、一方、連合側では、カナダに逃れたFN社技術陣の手によるハイパワーが供給されたのである。とはいえ、ドイツに卸された本国ベルギー製のハイパワーP640(b)は、技術者たちの意図的な手抜きによる粗雑品であった。
第二次大戦後も長らく活躍し続け、英連邦を始め世界各国で採用された。
1981年には、ホワイトドットが入ったフロント&リアサイトと、アンビ化した大型のマニュアルセイフティを装備したMk.IIとなり、1989年には、AFPBを追加した最終モデルのMk.III(上写真のモデル)が登場した。なお、1990年に登場した.40S&Wモデルは、スライドが少し厚くなり、スライドリリースレバーと接する部分に段差がつけられている。このモデルをベースに9mm×19の強装弾に対応したカスタムHPを製作するガンスミスも存在する。
またユニークなバリエーションに、『HP-SFS(Safe Fast Shooting)』がある。一度コッキングしたハンマーを指で押し戻すことができ、マニュアルセイフティを解除すると、自動的にハンマーがコッキングポジションに跳ね上がる仕組み。ダブルアクションピストルのように携帯しながら、射撃のさいは常にシングルアクションでトリガーを引くことができる。
1983年にはダブルアクションモデルの『HP-DA*3』も登場し、小型モデルのHP-DAMやHP-DACといった派生型も作られた。フィンランド国防軍に制式採用されているが、『SFS』と違ってなじみのあるハイパワーのシルエットが崩れたこともあってか、あまり大きな商業的成功は収めなかった。
現用オートマチックとしては最古老の部類ながら、イギリス軍では2013年に後継のグロック 17(Gen4)へ更新されるまでのおよそ半世紀、L9A1の名称で同軍の制式自動拳銃であり続け、SASのような装備の融通が利く特殊部隊でも後発のP226採用後も、冷戦時代を通じてハイパワーが使用されていた。予算の関係等でカナダ軍やオーストラリア軍のように2017年時点でも現役の軍もある。
100万挺を越す生産数を誇る世界で最も生産された自動拳銃の一つであり、21世紀に入っても生産が続いていたが、2018年に生産終了した*4。
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