減音器 / Sound suppressor †
銃口、または銃身部分に装着する、発砲音を抑制する筒形の装置。『サイレンサー/消音器』または『サウンド・サプレッサー/減音(又は制音)器』と呼ばれるが、後者は90年代以降にメーカー側で使われるようになったもの。『サウンド・リデューサー』と呼ばれることもある。
減音器に用いられる原理は様々である。発射ガスの勢いをバッフル(仕切り板)で殺すことで、炸裂音の元である衝撃波を抑制するもの。発射ガスを膨張室に封じ込め、音(空気の振動)を周囲に伝播するのを抑制するもの*1。炸裂音を可聴域から非可聴域の高周波に変換するもの。指向性を与えて音の伝播する方向を制限するもの。などがある。
一般的な減音器は前者2種の原理を併せて用いる多段膨張式である。登場当初は発射ガスの封じ込めを行うだけの「ただの筒」といったものもあったが、1909年にはマキシム機関銃の発明者として知られるハイラム・S・マキシムの息子であるハイラム・P・マキシムによって、最初の実用的サイレンサーと言われる多段膨張タイプの『マキシム・サイレンサー』が登場している。その後第二次世界大戦時には各国で導入が進み、中にはイギリスのISRB ウェルロッドのような銃身と減音器が一体化した物も開発された。
構造としてはマキシム・サイレンサーのような内部に幾重ものバッフルを設けるのが一般的だが、スチールウールなどを吸音材として用いるものや、容積を拡大して効果を高めるものもある。また銃身にガスを逃す幾つもの穴を開けて減音器で覆い、発射ガスの封じ込め効果を増大させるインテグラル(一体型)サプレッサーという形式のものもある。
拳銃弾用の減音器は内部を水やオイルのスプレーで湿らせることでより効果を上げることが出来る*2。ただし、これらは減音効果の劣化が早かったり、装置が大きなものとなって取り回しが悪くなったりする欠点があるため、メーカーは主にバッフルの形状に工夫を凝らすことで減音効果を高め、装置をコンパクトに収める傾向にある。
ワイプ式と呼ばれる方式もあり、こちらはバッフルの代わりに中心に切れ目の入ったフェルトやゴムで密閉を行うものである。バッフル式より密閉性が高く減音効果も高いが、ワイプの寿命が非常に短く(数発から数十発)、ワイプによる弾丸への接触で命中精度も低下する。この特性から一般的に用いられることは少ない。
減音器が軽減できるのはあくまで弾丸の「発砲時の音」のみであるため、発射後の弾丸が飛翔中に音速突破した際に生じる衝撃音は減らす事は出来ない。この点から、発砲した弾丸が超音速に達する一般的なライフルに減音器を使用することは無意味だとする誤解があるが、ライフルと減音器の組み合わせは決して珍しくは無い。発砲音とマズルフラッシュさえ抑制してしまえば、遠距離から飛翔する弾丸の衝撃音だけで射手の位置を特定するのは非常に難しいため、(専用の亜音速弾を使用する場合もあるが)軍用狙撃銃ではむしろ一般的なものとなっている。旧ソ連のVSSの様に、専用の亜音速弾とライフルを開発する例もある。
亜音速弾と共に最大限に効果を発揮した場合、ボルトの駆動音しか聞こえなくなる程の減音効果を上げる事もあるが、フィクションの中ほどの減音効果は実際には無いものが多い。銃口に取り付けるだけのようなシンプルなタイプの減音器の場合、160デシベルの銃声を120〜140デシベル程度に減音するものがほとんどである。ただし、遠くへ届きやすく聞き取りやすい高周波成分は大きく除去されることが分かっており、銃声を大きく変質させることができる。*3
減音器には音の抑制だけでなく、様々な副次的効果がある。発射ガスが減速・冷却されるため、マズルフラッシュを抑制し反動が軽減され、また(若干ではあるが)バレルを延長したのに等しい効果があるため、精度や初速を増加させる場合がある。MAC M11などの小型で持ちづらい銃の場合は、減音器を握って射撃を補助することもある。
銃の作動方式との相性もある。銃口部以外に発射ガスの噴き出しがある機構では、そこが音源となって効果を相殺してしまうため、作動に用いるガスの余剰分を噴き出すベントを持つガスオペレーションでは、ガス作動の圧力を減殺もしくはカットするレギュレーターの併用が必須であり、H&K MP5のようなディレードブローバックはこの点有利である。一方、銃身部に装着する関係上、ショートリコイルなど銃身が動作するタイプの銃ではジャムを起こすことがあり、一部の減音器では発射ガスの一部を利用して、銃身を半強制的に後退させる仕組みが取り入れられている(あるいは、減音効果を増す意味もあって、スライドをロックしてしまうこともある)。
また発砲すると減音器に熱が発生する。常温状態から発砲すると減音器内の空気が急速に加熱されて破裂音を生じてしまう現象(ファーストラウンド・ポップ)や連射すると減音器が高温状態となってガスが冷却されず、次第に減音効果が低下してしまう現象*4が発生する。また、フルオート射撃に対応した減音器でないと、溶けて歪んでしまい発射された弾に触れるなどのトラブルを引き起こし、最悪は破裂してしまう事もある。熱を持った減音器は周囲のものを焦がしたり、陽炎が発生したりするためにこれらを抑制するためカバーが取り付けられることがある*5。余談だが、熱を利用してベーコンなどの肉を焼く動画が上げられている*6。
使用により内部にカーボン等の滓が蓄積していくが、内部の仕切り(ブッシュやバッファー)も次第に摩滅、減耗していくため、定期的に清掃、交換してやる必要がある。消耗は熱に依るところが大きく、このためセミオート射撃よりフルオート射撃の方がより早く消耗を進める*7。
またガスの拡散タイミングが遅くなることから、発射ガスの圧力が高まる効果がある。これは弾丸側では1%程度初速を増加させるだけで大した差は無いが、機関部には通常よりも25%以上も大きな力が掛かる。これによりガスオペレーションの銃では動作不良を起こす事もある。一方、シンプル・ブローバックやガス直噴方式の銃では圧力に比例して、連射速度が25%近くも上昇してしまうため、制御性を高めるために、使用の際はガス流量を下げたり、ボルトキャリアを重くする、リコイルスプリングを強くするなどの調整を行う。この機関部の高速化作用はMG42に用いられているマズル・ブースターと原理的には全く同一である。
また、こうした数々の作用によって装着前後で弾道特性が変わり、着弾点(POI,Point Of Impact)が変化してしまうため、装着時と非装着時とでは照準を別々にゼロインする必要がある。一方でフラッシュハイダー等の専用マズルデバイスと組み合わせてサイレンサーの脱着をワンタッチで取り付けできる(クイックデタッチャブル=QD)モデルもある。
拳銃に減音機を付ける際は減音機がアイアンサイトを塞いで照準が困難になる。サイトを使うためには背の高いアイアンサイトやダットサイト等に交換するか、通常のアイアンサイトを見通せる形状になったオフセット型の減音機を使用する。ただしオフセット型のサイレンサーは円筒型と比べ形状が複雑であるため耐久性に劣り、また取り付け角度も一定であるため加工や取り付けに手間がかかる。
拳銃においてねじ切り付バレルと背高アイアンサイトを組み合わせたモデルは「サプレッサー・レディ(Suppressor-Ready)」と呼ばれることがあり、無加工でサプレッサーの使用が可能・容易であることを示す語である。
フィクションでは暗殺に使用される描写などの影響もあってブラックなイメージが強いが、減音器の捉え方扱われ方は場所によって様々である。
アメリカのように悪用の危険性から規制が敷かれているところがある一方、フランスのように「騒音を抑える」という理由で減音器の装着がマナー的に「良い事」とされ、使用が奨励されるところもある。
また軍・法執行機関の場合、特殊作戦などで相手に位置を悟らせずに反撃を封じるような攻撃的な役割だけでなく、射撃訓練の際に周辺へ洩れる騒音や兵士たちの難聴の防止といった環境対策として減音器の使用を検討しているところもある。SWATなどでは、突入作戦時に発砲音で人質がパニックになるのを防ぐ目的も含めて減音器が使用されている。
余談ながら、漫画やTVドラマなどで回転式拳銃に減音器を付けて発射する演出を時折見かけるが、実際には殆どの回転式拳銃にはシリンダーとフレーム間に隙間(シリンダーギャップ)があり、いくら銃口側で減音しても、そこから豪快に漏れ響いてしまう為に他の方式の銃と比べて減音効果は大きく劣る。
しかし例外として、一部の銃ではシリンダーギャップをガスシール機構などで閉塞する事で減音器の効果を高めている。
一部のビデオゲームではミニマップ上に発砲地点を表示させない効果があるが、現実では銃声探知機から発砲地点までの距離を欺く効果こそあるものの、亜音速弾を使わない限りソニックブームから発砲地点の方角を割り出す事は可能である。
内燃機関のオイルフィルター(オイルエレメント)がサイレンサーの代用品として使われることがある。オイルフィルターの内部構造が偶然にもサイレンサーと酷似しており、サイレンサーと同様の取り付けネジもあるためである。オイルフィルター側の径とバレル側の径を合わせるためのアダプターも販売されている。