ハーネル StG44 / Haenel Sturmgewehr 44 【突撃銃】 †![]()
ドイツのハーネル社で開発され、第二次大戦後期にドイツ軍の主力小銃として使用された、「突撃銃」(Sturmgewehr)の名称が使われた最初の銃*1である。 後述の理由から従来の弾薬を短縮化した7.92mm×33弾を使用し、ガス規制子付のロングストローク・ガスピストンにて作動する。ボルトは後年のアサルトライフルのようにクローズドボルトだが、試作型のMkb43ではオープンボルトが採用されていた。またボルト閉鎖方式はティルトボルト方式であった。外部構造としてはレシーバーやグリップ部はメタルシートをプレス加工し溶接で張り合わせたモナカ状の構造をしており生産性にも優れていた。ただしハンドガード部が金属剥き出しのため連続射撃時には過熱し持てなくなる問題があった。銃床は反動を受け止めやすい直線的な形状となっている他、後年のM16のようにリコイルスプリングがストック内に収められている。ただし木製ストックをくり抜いた穴に直接スプリングが差し込まれるため、ストックが折れたり変形したりすると射撃不能となってしまう。 第一次世界大戦での戦訓から、従来の歩兵主力火器である単発高威力な大口径弾よりも、多少の射程と威力を犠牲にしてでも射撃安定性と携行弾数を増大させた方が戦闘に有利との考え方が生まれた。そこでドイツでは1930年代半ばから末にかけて、その思想を元に従来の7.92mm×57よりも小型の7.92mm×33を開発。同時に技術力の発達により銃自体の半/全自動発射機能も検討され、その結果ハーネル社内でヒューゴ・シュマイザーを筆頭とした開発チームが作り上げたのがMkb42(H)である。このMkb42(H)は独ソ戦初期に実験投入され良好な性能を示し、また生産性も高かったことからドイツの次期主力火器として期待された。しかし、ここからStG44の苦難が始まる。 StG44自体は終戦に伴い大半は連合軍に接収されたが、戦後しばらくは東西ドイツをはじめとする旧占領地域(東欧、アフリカなど)にも第一線で配備されており、冷戦の影響で西ドイツの武装制限が解除されてからは、H&K社で再生産も試みられている。弾薬は少なくとも90年代まで製造されていたようだ。珍しいところでは、パキスタンでは民間人が軍用弾の所持・使用を禁止されているため、AK47をこの銃で用いる7.92mm×33仕様に改造したものが民間の銃市場に流通していたようだ(ただし、これも2012年に禁止されている)。2010年代から続くシリア紛争では第二次世界大戦当時に生産されたものがおよそ五千挺も発見され、反政府軍によって現在も広く使用されている。現在もかなりの数がテロや紛争に使用されており、数の差こそあれAK47とほぼ同じ運命を辿っている。 StG44には複数のオプションが用意されており、1つはZG1229 Vampir(ヴァンピール、吸血鬼)という第0世代型暗視スコープである。また物陰から身を隠したまま射撃が可能な曲射銃身であるボーザッツも作られた。 余談だが冷戦時代、共産圏でもアメリカ軍の登場するテレビドラマや映画が少なからず製作されたが、本銃にキャリングハンドル等を増設したものがたびたびM16代わりに用いられている。メディア的にも数奇な運命を辿った銃と言えるだろう。
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