東京砲兵工廠 三八式歩兵銃 【小銃】 †![]()
有坂成章の設計による三十年式歩兵銃を、南部 麒次郎が改良・再設計したボルトアクション式小銃。明治38年(1905年)に「三八式歩兵銃」の名で制式化された。 1937年には生産中の三八式歩兵銃の中から精度の良いものを選び、専用に開発した倍率2.5倍の九七式狙撃眼鏡を追加して狙撃銃とした九七式狙撃銃を制式化している。三八式との違いは、先述の狙撃眼鏡とさらに単脚が設けられ、操作する手が狙撃眼鏡と干渉しないようボルトハンドルを延長しつつ下方に曲げている点である。 第2次大戦中、大量の三八式を鹵獲した中国では、戦後当時採用された7.62mmx39弾仕様への改造を施し、後方部隊などへ配備した。7.62mmx39と6.5mmx50SRはリム径がほぼ同じだったため、九九式の改造のように問題にはならなかったようだ。 また本銃は日本製の武器の中で最も成功した輸出商品でもあり、第一次大戦中にロシアに100万挺以上、イギリスに30万挺以上も輸出され評判も良かった。現在でも一部のマニアによって使われ続けており、弾薬も製造されている。 なお、英語圏を中心とする日本国外においては「Type 38 rifle」「Arisaka type 38 rifle」「Arisaka M1905 rifle」「Arisaka 6.5mm rifle」または単純に「Arisaka rifle(アリサカ・ライフル)」と呼称されることも多い。
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