M2火炎放射器 / M2 flamethrower 【火炎放射器】 †
モデル | 重量 | 燃料 | 射程 | 発射回数 | 製造国 |
M2 | 本体20kg 燃料積載時28kg | ゲル化燃料(ガソリン+タール) | 33m | 10回 | アメリカ |
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携帯放射器 | 本体20kg 燃料積載時31kg | 普通油、またはゲル化燃料 | 普通油20m ゲル化油40m | − | 日本 |
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第二次世界大戦中にアメリカ軍が開発、使用した携帯型火炎放射器。携帯性を重視したタンク1本のM1と、その改良型でタンク2本としたM2の2タイプがある。発射回数はM1では3回だったが、搭載燃料の増えたM2では10回となっている。
M2までは電気式の着火装置を用いていたが、これは信頼性の問題が多かったため、改良型のM2-2からはマグネシウムなどを含んだ発火剤をリング状に成型して5回分に区切った着火カートリッジを使用した。使用時にはこのリングを銃口部のキャップを外して装着し、リボルバーの要領でトリガーを引くたびに発火剤が点火され*1、燃料を燃焼させる仕組みであった。
この化学材料方式の点火機構は他国の水素炎や空砲を用いるシステムに比べ、圧倒的に安全性や耐湿性に優れており、米軍の火炎放射器の運用をより安定したものにした。
第二次世界大戦ではヨーロッパ・太平洋戦線共に多数投入され、トーチカ・塹壕・森林などに潜伏する敵を燻り出すのに絶大な威力を発揮した。
特に太平洋戦争では、日本軍が潜んでいそうな箇所を片っ端からM2で焼き払い、その後入り口を手榴弾などで爆破する「トーチランプ&栓抜き (blowtorch & corkscrew) 」戦法が多用された。
しかし射程は30〜40mと短く、その装備量と重量からもライフルなどと正面から戦闘するのはほぼ不可能といえるため、もっぱら完全に抑制した敵勢力を殲滅するための兵器と言えた。
M2は朝鮮戦争やベトナム戦争にも使用されたが、戦争形態の変化に伴いその有用性は下がり、アメリカ軍では1978年に退役した。
一方、日本の陸上自衛隊ではM2の改良型が、『携帯放射器』の名称で現在も配備中である。現在は化学科が管理しており、主な用途は生物・化学兵器戦時の除染・焼却作業だが、対テロ作戦への使用も考慮されているらしい。
ただし現在では雪害時の融雪*2や病原菌で汚染された食物の焼却など、主に災害対策として使用されており、平成20年(2008年)には10セットが追加調達されている。
火炎放射器は各国でそれぞれ独自の機構・外観を持つ各タイプが作られたが、筒型のタンク2本を背中に背負ったM2はビジュアル的にも分かりやすく非常に目立つため、メディア上で目にする機会も多い。
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