住友重機械 62式7.62mm機関銃【軽機関銃】 †![]()
1962年(昭和37年)に制式化された、戦後日本初の国産軽機関銃。自衛隊発足時、装備していたブローニング M1919A1,M1919A6が日本人の体格に合わなかったため開発された。 命中精度は良く、量産性や互換性に優れるが、部品点数が多い為に整備性はお世辞にも良いとは云えない。更にパーツ間のクリアランスが大きく、部品が脱落する、安全装置を掛けていても衝撃で暴発する、引き金から指を離しても発砲が止まらない……などのトラブルが多発する、運用者泣かせの銃だった。いかなる姿勢からでも銃身交換が素早く行える一方、キャリングハンドルを握って運んだ際に「やけに軽いな」と手元を見ると、持っていたのはハンドルに繋がっている銃身だけだった、という逸話もある。正常に作動している場合でも、下方向に排莢される薬莢の勢いが強いため、薬莢入れを装備していないと地面で跳ね返った薬莢が射手の手に激しくぶつかるという。 派生型として、1974年に制式化された74式車載機関銃がある。こちらは堅牢に作られているからかマトモらしい。トリガーグループが車載用に変更されており、発射速度は2段階に切り替えることができる。なお、2型は握り手が省略されている。 現在、62式機関銃はFN ミニミの国内ライセンス版に更新が進んでおり、使用しているのは一部の部隊のみとなっている。74式車載機関銃は10式戦車など陸上自衛隊の戦闘用車両の同軸機関銃や、海上自衛隊のSH-60J/SH-60K哨戒ヘリの自衛用として現役である。 ちなみに1994年のルワンダ難民救援派遣の際には、専守防衛を旨とする自衛隊の性質上、重火器(本銃)をどれだけ持っていくかで大揉めし、海外筋から「あまりに下らない」と酷評されたことがあった。結局配備は1挺のみになったが、本来なら予備にもう1挺持っていくところを「2挺持っていくのは侵略行為」という意見が出たため、大量の予備パーツのみが配備されることになった。
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