グリーンチップ / green tip †
NATO各国でメインの歩兵用弾薬として用いられている(あるいは用いられていた)、先端が緑色に塗装された5.56mm×45弾のこと。
米軍においてはM855カートリッジのことを指す。『グリーンチップ』の名称が用いられる時、ほとんどの場合この米軍規格のものを指すため、本項では以後これについて説明する。
最初のグリーンチップ弾は、7.62mm×51弾に続く第二のNATO制式弾薬として選定されたFN社のSS109(米軍採用名M855)である。
『緑色』の弾頭は複合弾頭を示すための着色である。当時のNATOにおける慣習では、通常の弾頭は着色せず、アーマーピアシング弾は弾頭を黒く塗装していたため、それらと判別しやすい緑色が採用された。
M855ボールは底部以外をギルディングメタルで覆われた、いわゆるフルメタルジャケットで、内部は先端部の空洞、次にスチールの貫通体、そして鉛という順に構成されている。弾頭重量は62グレイン(約4グラム)。
先端内部の空洞により、人体に命中すると横転*1しつつフラグメンテーションを起こすことによって対人威力を確保しつつも、スチールのコアにより適度な貫通力も併せ持つ、とされる設計であった。
M855(SS109)は開発元のFN社の狙いもあるが、NATO各国にとって平等という意味もありミニミ軽機関銃の長銃身において最大の性能を発揮するよう設計されており、ミニミから発射された場合の最大有効射程は600mに達し、旧来の7.62×51mmNATO弾に劣らない性能であるとされた。また、同じ条件において300mにおいて3.5mmの鋼鉄板を貫通し、ヘルメットを無力化可能であるともされた。
しかしながら、これらの設計は結論から言えばあまり有効に機能せず、この弾薬をメインで採用した米軍を始めとして、5.56×45mmNATO弾の威力不足や射程不足を兵士達に感じさせる原因となった。
第一に、SS109弾は適切な銃身長から発射されれば高い貫通力と射程を持つものの、対人威力に関する工夫は常に有効なものではなかった。SS109は確かに最終的には倒弾を起こすものの、高い貫通力のため弾道が安定している状態では17cm以上も貫通してからでなければ倒弾を起こさない問題があり、こうした現象はもっとも弾道の安定した150m〜350mの間で多発した。それ以下の距離では十分な威力を発揮したものの、それ以上の距離では精度と貫通力はあるもののエネルギー不足であり、実質的な有効射程は150m程度であると言えた。
第二に、SS109弾の運用開始時期と同時に、機動力を確保するために米軍を始めとしてM4カービンなどの短銃身ライフルの運用が盛んになり始めたが、ミニミ用に最適化されたSS109はこういったカービンにおいては非常に低い性能しか示さなかった。M4カービンから発射されたSS109弾は僅か150m程度で精度・エネルギーの双方において大きく減衰が起こり、それ以上の射程においては効果は非常に限定的であった。150m以内であっても初速が不足している事により、僅か15%の確率でしか倒弾しないことが後の調査で判明している。米海兵隊がM4の登場後も長くM16ライフルに固執していたのは、こうした事実を兵士のフィードバックから得ていたためとも言われる。
こうした問題を受け、M855を代替する為の弾薬として同口径の狙撃用特殊弾薬Mk262、アーマーピアシング弾M995などへの置換が検討されたものの、いずれもM855に比べて2倍以上高価であり、さらに高精度のバレルでなければ十分な性能を発揮しないため、置換には至らなかった。民間の製品からも代替品が模索されたものの、いずれもM855と同様の問題を抱えているとの結論に至った。
これらの報告を受けて、2005年ごろから軍・民間共に急速に安価かつ高性能な5.56mm弾の研究が開始された。
2007年頃には試験運用が始められ、2010年になると米陸軍・海兵隊は共に別々のアプローチで研究していた新弾薬の制式運用を開始した。
陸軍が採用したのは、政府の所有するレイクシティ弾薬研究所で開発されたM855A1 EPR(Enhanced Performance Round)弾、通称『ブラウンチップ』である。
識別用途のみではなく、中東の過酷な環境下でも弾頭を劣化させない為の耐腐蝕性塗装が施されている。セミジャケットに、先端が露出した2段に積み重ねたような円錐形のスチールコアと、次いで銅、あるいはビスマスのコアによって構成されている。改良に当たってはいわゆる『枯れた技術』の活用が積極的に行われており、M855と比べて1発辺りのコストは僅か5セントほど増加したのみである。
新設計の弾頭はM855と異なり、倒弾を必要とせず十分な初速があれば常にフラグメンテーションを起こすようになっており、貫通力でもM4カービンで350mから9.5mmの鋼板を貫通と大幅に性能を向上した。弾頭はM855よりも長いものを用いることで慣性を高め、ジャケットを延伸方式で成型することで空気抵抗を減らし、長射程における安定性と残存エネルギーを大幅に向上している。またより燃焼の早い炸薬はカービンバレルからも高い初速を得られるだけでなく、余剰の炸薬がバレル外で燃焼してマズルフラッシュを起こす事を防いでいる。高い初速により、近距離においてはM855では不可能だった厚さ6cm程度のコンクリート壁の貫通すら可能となっており、M16では75m、M4においては50mまで貫通可能である。
こうした設計は主にM4カービンでの使用に最適化された仕様であるが、長銃身においても性能を減じることなく、若干の射程延長の恩恵を受ける事ができる。軍のコンペティションでは標準のM16ライフルからの伏射で600mから12インチ(2MOA)のグルーピングを見せた。
また、M855A1は毒性の強い鉛を廃止したことで、環境に配慮した『グリーン・バレット』であるともされており、次期制式弾薬としての存在感を高めている。一方で、従来より10%程度腔圧が上昇した事で機関部へのダメージや装填不良の原因となっているケースも報告されており、今後の評価が待たれる。
海兵隊では弾薬メーカー大手フェデラル社と、海軍特殊戦センター(NSWC)クレーン研究所との提携で設計されたMk318 SOST(Special Operations Science and Technology)というカービン用弾薬が採用された。
これはM855A1と同様ショートバレル向けに改良された弾薬で、先端は鉛が露出し、残りは銅で覆われた『オープンチップマッチ・リアペネトレーター(OTMRP)』という構造を採用している。それ以外の点では陸軍のM855A1と設計面は類似しているが、装薬は従来のM855よりも若干腔圧の小さいものとなっており、機関部への負荷や装填不良の問題は起きていないようである。こちらは2017年現在ではまだM855と完全に置換されておらず、M249にはM855が使われるなど、Mk318とM855を併用した運用が続いている*2。
こうした新弾薬の登場や、ダットサイトやACOGなどの高性能光学照準機の登場により、実に30年近い月日をかけてようやく低精度・低威力との問題を払拭した5.56mm×45NATO弾であるが、米軍においては陸軍と海兵隊で全く違う弾薬が調達されている状況は供給上の大きな問題であるとされており、2015年には議会から弾薬を陸軍と海兵隊で統一して調達コストを下げるよう要請されている。これに関しては海兵隊が折れたようで、2018年からは正式に海兵隊でM855A1の調達が始まった。
価格(アメリカ2005年度会計)
M855・・・0.26ドル
M855, Lead Free・・・0.38ドル
ちなみにMIL-STD 709CによりM855がグリーンチップ弾と規定される以前は、緑色の着色をされた弾薬は、7.62×51mm デュプレックス弾(複合実包)M198 であった。