チェスカー・ゾブロヨフカとはチェコ語で「チェコ造兵廠」を意味し、社会主義時代のチェコスロバキア共和国で小火器の生産に関わっていた国営企業群、または前述のチェスカー・ゾブロヨフカ傘下のメーカーのうち、チェコ共和国独立後に株式会社化された「チェスカー・ゾブロヨフカ・ウヘルスキー・ブロト(以下CZUB)」を指す名称。本項では、この二者のそれぞれについて解説する。
こちらの「チェスカー・ゾブロヨフカ(以下CZ)」とはそもそも単一の企業の名称ではなく、チェコスロバキア共和国の共産主義思想の影響を受けて兵器開発・生産を行っていた複数の企業の総称である。
分かりやすく例えるなら、「CZ」とはチェコスロバキアが所有する国営企業の兵器すべてに与えられるブランドと考えるといいだろう。この”ブランド”には後述するCZUBのほか、ZB26軽機関銃で知られるブルーノ造兵廠なども含まれる。
チェコ・スロバキアは第二次大戦時代にナチス・ドイツの保護領となるなど、共和国崩壊・復権を繰り返し、つかの間の自由主義を経て1948年に人民民主主義を宣言、事実上社会主義化する。1960年に国名を「チェコスロバキア社会主義共和国」と改め、名実ともに社会主義国家となる。
このため本項では1948年から1993年のビロード離婚によるチェコスロバキア共和国消滅までの期間に開発された銃器を「CZ」製とする。ここに含まれる銃器は、本データベースの記述ルールに従い、国家略号である「CZE」が語頭につくものとする。
なお、ここで取り扱う銃器は、特に明記のない限り、いずれも後述するCZUBによる設計である。
CZE Vz23(チェスカー・ゾブロヨフカ・ストラコニツェ(CZ Strakonice)による設計)
CZE Vz61
チェコスロバキア第一共和国時代の1936年6月27日に設立された銃器メーカー。現・チェコ共和国東部のモラヴィアの町、ウヘルスキー・ブロトに本部を構えることから社名を取っている。
以下、CZUBと表記する。
CZUBの起源は1936年。ナチス・ドイツの脅威が迫る中、チェコスロバキアの国防省は軍需産業の拠点を国境から遠ざける決断をする。その候補地に選ばれたのが、ウヘルスキー・ブロトであった。
国直営の兵器廠となり「CZ」の名を冠した工場のうち、1919年に設立されたCZストラコニツェは対空砲やVz23などの銃器、のちにバイクなどを主に生産し、一方のCZUBは小火器生産を専門に請け負っていた。CZストラコニツェが兵器生産から離れたのちも、CZUBは引き続き国防のために銃器設計・生産を行い、やがてチェコスロバキア消滅に従い株式会社化、現在にいたるもチェコ最大の銃器メーカーとして操業している。
第二次世界大戦後は共産圏であったために、コストパフォーマンスをあまり考える必要がなく、高い精度を持った銃器を作る事に定評があり、CZ75やVz61などの傑作を多数生み出している。
一般に「CZ」と言えば、ほとんどの場合はCZUBを指すほどまでに、CZの中ではメジャーな存在である。
その証左のエピソードの一つといえるが、Vz58の存在。当時、東ヨーロッパ諸国がソ連の影響を強く受け、そのほとんどがソ連制式突撃銃であるAK47をライセンス生産して制式配備しているにもかかわらず、チェコスロバキアだけはCZUBによる独自設計のVz58を製造していた。このことからも、いかにCZUBが国内外で工業製品の精度が高く評価されていることがうかがえるだろう。
以下は、株式会社化後のCZUBによる設計の銃火器。チェコスロバキア時代のCZUBについては、前項目を参照されたし。
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