*コロンバイン高校銃乱射事件 / Columbine High School massacre [#ba1798b4]

 1999年4月20日、アメリカ、コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン高校にトレンチコート・マフィア((二人は黒いトレンチコートを好んで着用しており、犯行時にも着用していた))と自称する武装した同校の生徒二人が押し入って銃を乱射、多数の死傷者を出した事件で2007年の[[バージニア工科大学銃乱射事件]]が起きるまでアメリカ史上学校における最悪の銃乱射事件であった。
 1999年4月20日、アメリカ、コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン高校に武装した同校の生徒二人が押し入って銃を乱射、多数の死傷者を出した事件で2007年に[[バージニア工科大学銃乱射事件]]が起きるまでアメリカ史上学校における最悪の銃乱射事件であった。

 犯人であるエリック・ハリスとディラン・クレボルドはあらかじめ、インターネットなどを通じ、銃器、弾薬、爆薬を入手しておき、手製の爆弾などを作っていた。
 犯人であるエリック・ハリスとディラン・クレボルドはあらかじめ、当時一般に普及し始めていたインターネットや銃の購入が可能な友人などを通じ、銃器、弾薬、爆薬を入手しておき、手製の爆弾などを作っていた。

 事件が起きた日の午前11時ごろ、ハリスとクレボルトは高校のカフェテリアにダッフルバッグに入れた20ポンド(9kg)のプロパンガスボンベを利用して製作した爆弾を仕掛けた。(爆弾は11時17分に爆発するようにセットされていた。この時、管理者が防犯カメラのビデオテープを新しいテープに交換する作業をしていたため爆弾が設置される瞬間は録画されなかった)
 彼らはこの爆弾を利用しての大量殺戮を目論んでおり、駐車場で待ち伏せして、爆弾が炸裂した後、逃げてくる生徒を撃ちまくる計画だったという。爆弾は不発に終わったが、もし炸裂していたらカフェテリアを全壊させ、2階にある図書館をも崩落させるぐらいの威力を持っていた(そして、そうなれば、犠牲者が500名に上った虞れもある)。

 爆弾が不発に終わると、ハリスとクレボルトは直接学校に押し入っての殺戮を決行。ハリスはハイポイント955 9mm[[セミオートマチック>セミオート]][[カービン>騎兵銃]]と[[ソードオフ]]に改造したサヴェージ スプリングフィールド67Hポンプ式[[ショットガン>散弾銃]]を、クレボルトは[[TEC-AB10>イントラテック TEC-9]]セミオートマチック[[ピストル>拳銃]]とスティーブンス311D[[水平二連装短銃身ショットガン>二連式散弾銃]]をそれぞれ入れたバックパックで武装。他のダッフルバックに銃の予備弾倉に弾薬、パイプ爆弾20本や[[火炎瓶]]などをそれぞれ大量に詰め、11時20分ごろ、高校のカフェテリアに向かった。
 爆弾が不発に終わると、ハリスとクレボルトは直接学校に押し入っての殺戮を決行。ハリスは[[スリング]]付のハイポイント955 9mm[[セミオートマチック>セミオート]][[カービン>騎兵銃]]と[[ソードオフ]]に改造したサヴェージ スプリングフィールド67H[[ポンプ>ポンプアクション]]式[[ショットガン>散弾銃]]を、クレボルトは[[TEC-AB10>イントラテック TEC-9]]セミオートマチック[[ピストル>拳銃]]と[[ソードオフ]]に改造したスティーブンス311D[[水平二連装短銃身ショットガン>二連式散弾銃]]をそれぞれ入れたバックパックで武装。他のダッフルバックに銃の予備弾倉に弾薬、パイプ爆弾20本や[[火炎瓶]]などをそれぞれ大量に詰め、11時20分ごろ、高校のカフェテリアに向かった。

 彼らはまず外で昼食をとっていた生徒2人や丁度外階段を上り始めていた生徒3人に発砲、更にカフェテリアに侵入、カフェテリアで昼食をとっていた生徒数名に銃撃を行うと同時に不発だった爆弾がなぜ起爆しなかったか確認しようとした。
 次に二人は廊下に進入し、出合った人間に発砲を繰り返しつつ、建物の数箇所に爆弾を投げながら図書館へ向かった。駐車場、屋根、東側の斜面に投げつけた爆弾は不発だったが、カフェテリアや廊下に投げられたパイプ爆弾は炸裂し、被害を与えた。
 この間に2名の生徒と教員1人が死亡、7名の生徒と1名の教員が重軽傷を負っていた。

 彼らは図書館に入る前に南通路で2つのパイプ爆弾を階段からカフェテリアに放り込み、爆弾は両方爆発した(その爆破の映像は監視カメラの記録に収められている)。さらに爆弾をもう一つ図書館通路に放り込み、ロッカーの一部を破壊した後、11時30分ごろ、二人は図書館に侵入。
 館内を回りながら机の下などに隠れる生徒たちに向け発砲を繰り返し、約10分の間に10名の生徒を射殺し、12名に重軽傷を負わせた。
 殺された生徒の中には、跪かされて目の前でふざけられてから至近距離で頭を撃たれた者や(この時ハリスは発砲した反動で銃を顔面にぶつけ鼻を負傷している)、逃げようとして蹴り飛ばされた挙句、何発も撃たれた者もいた。
 この間、中にいた教員が電話を警察にかけており、銃撃音や犯人の叫び声などを含んだ緊迫のやり取りが記録に残されている。

 11時40分ごろ、二人は図書館を出ると校内を歩き回り、カフェテリアや科学室、事務室などを回りながら空の教室に発砲したり、火炎瓶を投げて火災を引き起こさせた(彼らが通り過ぎた後、隣接した部屋にいた教師が消火を行った。)。
 この間、カフェテリアにてカービン銃で再びプロパンガス爆弾を起爆させようとしたが、結局爆弾は最後まで爆発しなかった。

 12時ごろ、二人は再び図書館に入り(カフェテリアから図書館に来るまでに何をしていたかは不明)、二人は窓越しに警官と撃ち合おうとしたが無駄に終わり、自分たちが射殺した生徒の遺体の近くで自らの銃で自殺した。
 最終的に12名の生徒に1人の教員が死亡、避難時の怪我をした人間も含め、24名が重軽傷を負った。
 カフェテリアの監視カメラには逃げ惑う生徒、二人が投げた爆弾が炸裂する瞬間、銃撃する犯人の少年二人、火炎瓶で発生した火災などが克明に記録されていた。

 この事件によってアメリカにおける銃や火薬などの販売方法が大きな問題とされ、銃の購入可能年齢の引き上げや火薬に関する規制強化が検討された。
 事件当日はアメリカ軍がコソボに対して最大の爆撃を行った日であり、時の大統領、ビル・クリントンは爆撃作戦の成功を伝える会見を開いたわずか1時間後に銃乱射事件について「痛ましい事件が起こった」と会見を開いた。
 この事件の影響で、ポスタル(アメリカのコンピュータゲーム制作会社「Running With Scisssors(ランニングウィズシザース)」が制作した残酷ゲームに類されるパソコンゲーム)がアメリカで発売禁止になり、また、アメリカのロックバンド「マリリン・マンソン」は本事件の犯人が愛聴していたアーティストとされ、「『恐怖』や『憎悪』、『自殺』や『死』を広めに来る」(とりわけキリスト教信者からの誹謗は強かった)と不条理なバッシングを受けた。 なお、「マリリン・マンソン」は「ボウリング・フォー・コロンバイン」にてマイケル・ムーア監督のインタビューを受けている。


 また、アメリカではマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」、ガス・ヴァン・サント監督の「エレファント」など、事件元にした映画作品が多数作られた。
 また、アメリカではマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」((題名の由来は犯人がボウリングを趣味にしていたことから))、ガス・ヴァン・サント監督の「エレファント」など、事件を元にした映画作品が多数作られた。

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