*東京砲兵工廠 三十年式歩兵銃 【小銃】 [#kd0d4681]
#ref(Type_30.jpg,center,nolink,東京造兵廠製 三十年式歩兵銃)
|全長|重量|口径|装弾数|製造国|h
|1275mm|3.9kg|[[6.5mm×50SR>口径#RifleAmmo]]|5|日本|

 有坂 成章陸軍大佐(当時)が設計し、明治三十一(1898)年に帝国陸軍において制式制定された軍用の[[ボルトアクション]]式[[小銃]]。
 欧米人に対し貧弱な日本人の体格に合わせて口径を反動の少ない6.5mmとし、さらに銃身長を本銃開発の際に参考にした同口径銃のイタリア製[[カルカノ M1891>小銃/カルカノ M1891]]よりも10mm長く設定してある。これにより反動の低下による命中率向上と軽量弾による射程距離の向上をもたらした。銃弾の威力も馬の最も硬い骨格である脚の骨を撃砕することができ、当時の仮想敵国であるロシア陸軍のコサック騎兵の騎馬突撃を頓挫させるには十分であった。
 大陸においては機関部に砂塵が入り込み動作不良を起こすことが多々あり、この教訓から後に三十五年式や三八式には遊底覆が追加されることになった。また、当時の現場では銃口蓋をして対策をしていたそうで、これを紛失した兵は上官からこっぴどく叱られたらしい。
 本銃は、[[南部 麒次郎]]により改良を加えられて、三十五年式海軍銃の名称で海軍陸戦隊でも採用された。三十年式との違いは遊底覆の有無と、表尺板がスライド式から扇転式へ変わったことなどである。ただし、遊底覆は三八式歩兵銃のものと違い、ボルトと連動しないものであったため、手動で遊底覆を動かしておく必要があった。

 この三十年式歩兵銃の基本設計はほぼ変わらないまま[[三八式歩兵銃>東京砲兵工廠 三八式歩兵銃]](三十年式歩兵銃改良型)、[[九九式小銃>東京砲兵工廠 九九式小銃]](三八式歩兵銃7.7mm口径型)に引き継がれる。これは三十年式歩兵銃それ自体がボルトアクション式小銃としていかに完成された優秀なものであったかを証明するものであろう。
 この三十年式歩兵銃の基本設計はほぼ変わらないまま[[三八式歩兵銃>小銃/東京砲兵工廠 三八式歩兵銃]](三十年式歩兵銃改良型)、[[九九式小銃>小銃/東京砲兵工廠 九九式小銃]](三八式歩兵銃7.7mm口径型)に引き継がれる。これは三十年式歩兵銃それ自体がボルトアクション式小銃としていかに完成された優秀なものであったかを証明するものであろう。

|登場作品|ジャンル|使用者|備考|h
|[[ゴールデンカムイ]]|−|−|項目参照|
|二百三高地|映画|日本軍兵士|−|
|魔都紅色幽撃隊|ゲーム|主人公&br;音江 友清|銃剣装備|
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CENTER:このページの画像は[[シカゴレジメンタルズ>http://www.regimentals.jp/]]から転載しています。
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